「パムリナウェン」または"Pamulinawen"の概説

拙訳『イン・クィア・タイム』(http://korocolor.com/book/9784907239633.html

に収録された短編のひとつ『上陸さん』

(”Sanctuary: Short Fiction from Queer Asia”における"Landing"。作者はJhoanna Lynn B. Cruz氏)

の中に、イロカノ族に伝わる「パムリナウェン」というラブソングが登場します。

 

これについて、2022年8月現在、日本語/片仮名検索で調べ得る情報が見当たらなかったので
(リサーチがかなり不十分で大変恐縮なのですが)取り急ぎ簡単な部分を書き残しておきます。

(書籍に直接注釈を入れようと思ったんですが、本にして残すに足る正確性を出版までに確約出来なかったため。また、本編の内容からするとかなり補足的な情報であるため。そして注釈にまとめるにはちょっとだけ長い話なので…。)

 

 

パムリナウェン/Pamulinawenは、

一説にはJose.A Bragado氏(1936-)が書いたとされ

一説にはスペイン占領以前(-1520)から存在するとされる(もっと諸説あり)、

イロカノ族に伝わるフォークソングです。

 

フィリピン人歌手・舞台俳優であるレア・サロンガ氏の2017年のアルバム『Bahaghari(タガログ語で虹の意)』(マニラ生まれのミュージシャン・音楽ディレクターRyan Cayabyab氏のプロデュース)の11番目の曲として収録されたのをきっかけに世間の注目を集めました。スポティファイ貼っておきます

 

※『上陸さん/Landing』の初出は2010年であり

『Sanctuary(イン・クィア・タイムの原作)』の初版は2019年です。

 

 

ここでは主にパムリナウェンの歌詞の意味について見ていきます。

多くは男性の視点でパートナー(?)の女性に向かって語られる歌詞と解釈されています。ジェンダーを定めない記事や、逆の解釈も見られます。

Pamulinawenとは英訳すると「Hardened Heart」だそうです。固くなった心、固まった心、決まった心、定まった心、頑固な心…あたりが考えられるでしょうか。
また、本曲の歌い手が歌いかける相手の名前がパムリナウェンであるとの説も見ました。定かではないです。

イロカノ語とタガログ語で歌詞の様相が異なる上、フォークソングなので歌詞にバリエーションが存在し、地域差などもあるようです。作中ではどの歌詞で歌われたのか定かではありません。(※ちなみに上記スポティファイの歌詞はイロカノ語のものです。歌い手の方はイロカノ族ではないが、発音は正確と評されているようです。)

 

特に様々なバリエーションに共通の歌詞を2種類、英訳を2種類以下に記します。
また、その下に英語歌詞に基づいたコメントを付します。
私はイロカノ語もタガログ語も分からないので、残念ながら訳の保証は他者に頼らざるを得なくて申し訳ないです。英語でアクセスできる範囲で簡単に書いています。

 

◎歌詞まとめ

・イロカノ語歌詞(バリエーションあり)

Pamulinawen,
pusok indengam man
Toy umas-asug agrayod'ta sadiam.
Panunotem man inka pagintutulngan
Toy agayat, agukkoy dita sadiam

Essem nga diak malipatan
ta nasudi unay a nagan,
Uray sadin ti ayan, lugar sadino man,
Aw-awagan di agsarday,
ta naganmo kasam-itan.
No malagipka,
pusok ti mabang-aran


 ・タガログ語歌詞(バリエーションあり)

Huwag kang magtampo
Iyon ay biro lamang
‘Di na uulit
Manalig ka, hirang
Kung galit ka pa
Parusahang lubusan
At ‘yong asahang
Hindi magdaramdam

Tunay ang aking pag-ibig
at hindi biru-biro lamang
ang puso ko’y sa iyo
huwag kang mag-alinlangan
at kung kulang pa rin
kunin mo pa yaring buhay
‘Yan ay tanda ng
sukdulang pagmamahal

 

→英訳1

Pamulinawen, please listen to my heart
Of this one who pleads, who delights in your beautiful fresh
Think about it, and don't pretend deaf
This, your lover, reveres your modesty

Your smile that I can't forget, your name so exquisite
Anywhere I may go, wherever the place may be,
I endlessly call out, your name so sweet
When I think about you my heart is refreshed

 

→英訳2

Pamulinawen, please do not be upset,
That was just a joke
It won't happen again,
Have faith, my Darling

If you are still angry,
Punish me completely
And you will expect
That I won't feel bad

My love is real
And not merely a joke
My heart's with you
Have no doubt

And if that is still not enough
I offer you my life
That is proof
Of my utter love

If you are still angry,
Punish me completely
And you will expect
That I won't feel bad

 

掛かる幾つかの英語論文でも同様の2つの訳(及びそのバリエーション)が見られました。
私は英語しか分からないので、ここからは英訳ベースでお話しします。

英訳歌詞はDeeplとかGoogle翻訳にいれればある程度正確な日本語訳が出てきますが、『上陸さん/Landing』の訳者である私がこの歌詞を訳すまでやってしまうと、解釈を固定しすぎるかなという感じがしますので私はあえて訳さないでおこうと思います。かわりに、適宜解釈をまぜつつ簡単に所感を説明します。

 


英訳1及びそのバリエーションは、マイナーな訳のようです。
こちらは比較的に平和な歌詞で、相手に焦がれる歌い手がその思いを綴り、振り向いて欲しい旨を訴えています。

 

英訳2は、「Pamulinawen English translation」や類似の検索でも上位に出てくるほか、あるエッセイにおいては『イロカノ人ミュージシャンによる英訳』とされています。こちらは少し気がかりな歌詞です。
大枠は英訳1と同じく、恋人に対して焦がれる旨が描かれています。

気になるのは「If you are still angry/Punish me completely」と「I won't feel bad」の部分です。直訳するならそれぞれ「まだ怒っているなら/わたしを罰して」「わたしは悪くは思わないだろう(反省しないだろう)」となるでしょう。「I won't feel bad」については目的語がないので、それに依っては「罰されたことを悪くは思いません」という解釈も捨てきれないように思います。

 

英訳2歌詞2行目の「that was just a joke(あれはただの冗談だった)」の内容によって解釈がかなり変わるでしょう。

例えばthatが浮気の類だった場合と、些細な悪戯だった場合、
または予期せず相手を怒らせてしまい宥めるために「that was just a joke」と言っている場合
それぞれに異なる情景が想起されるだろうと思います。

 

ただし、
「浮気を許して、ただの冗談だったんだ、まあ渾身の罰を受けようと反省はしないけどね」という歌詞であるにせよ

「相手の”罰”を甘んじて受け、どうにか許されようと懇願する」歌詞であるにせよ

ヘテロシス…異性間恋愛関係のグロテスクな不均衡性を示唆する感じがするということは言えるのではないかと思います。

 

現地語を話される有識者の方に問い合わせをかけているので、もしお返事があった場合、又詳しく追記させて頂くか、改めて記事を修正・再投稿したいと思います。

ありがとうございました。